夫が病気になりました。慢性疾患なので急に悪化することはありませんが、現実に夫がいなくなるかも、没イチか?という問題に直面しました。
借家住まいの私たち。関東転勤も帯同するほど夫中心の生活を続けてきました。
もし没イチ生活になると
- 住居を変えなければいけない(広すぎる)
- 収入をアップさせて家計の足しにしなければいけない
- 孤独に耐えなければならない
など、ほとんど想像してこなかった現実と向き合います。事前にどうするかを決めておかなければいけない年代なのだなと実感しました。
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没イチなら生活変化は必須
確かに没イチになると生活は大きく変わります。
その中でも住居の問題は大きいものです。
結婚当初から借家住まい、その後も50代までずっと賃貸で過ごしてきました。そろそろ手ごろな中古マンションを購入しようか、と思案していたところ病気が発覚。ローンが組めない可能性が出てきました。
今後の生活の基盤が定まらない。自分一人で決めなければいけないというのは、かなり負担の大きいことなのだと実感しました。
でも、ですね。
専業主婦でずっと来ていて、大きな決断をしたことのない私が、自分だけを頼りに物事を決めていく楽しさもある。他人の意見も聞くことはあるけれど、必ず従わなければいけないこともありません。
没イチなら新たな収入源が必要
年金を頼りに生きていくのも気楽ですが、大きな出費でお金が必要になることもあります。少しでも自分で稼ぐ手立てを立てておくことは、大切なことだと思います。
没イチになると時間ができるので
- ご飯を毎日作る必要はない
- 家事もかなりコンパクトになる
- きつい時は休める
という「時間の余裕」ができるんですね。
できた時間をどのように使うのか。収入につなげていくにはどうすればよいのかをもう一度練り直しています。もともとはブログ記事を書いてきたので、新しい収入源につなげることができれば、と思い鋭意活動中です。
没イチは孤独?
没イチは孤独になるかもしれません。今までずっと一緒に行動していたパートナーがいなくなるのが没イチです。新しい人間関係、それもプライベートな話までできるものを作り出すのはかなりの労力を必要としています。
まず、自分が楽しいと思える趣味をもっと極めること。
楽しいと思えることを続けることが大切かな、と日々思います。
年齢が70代になっても続けていること。
私にとってはパソコンを使って記事を書くことかな、と思っています。
大変だけど、もしかして自由?
没イチは大変だけど、自分と向き合える時間が増えるので「もしかして自由になれるの?」という期待があります。
人生の大部分を一緒に過ごしてきたパートナーとの別れですが、一緒に過ごしていた時間がすべて自分のものになる。女性の場合は、家事の時間が格段に減るのです。これは独身時代以来の自由さではないでしょうか。
喜べない没イチ生活も、夫との生活以上のささやかな楽しみ、それも継続できる楽しみが見つかれば少し気分が楽になりそうです。
でもやっぱり、難しいよね。しかし皆いつかは一人になる。先のことを考えるいい機会になったと思っています。
没イチ生活の想像をしてみると、ものすごく寂しい。でも今以上に自分の時間ができることを発見したよ。仕事がある人は続けていく。ない人もやりたいことを何か一つ続けていく。自分の核となる習慣を持つのは没イチ生活に大切なことだなと思っています。